世話人との対話 その4
サマリー(概要)
- 自己紹介と再会の経緯
- 堀先生と江原先生は、過去に「痛みの理学療法研究会」を通じて知り合い、学会や研究会で発表する中で交流を深めてきた。
- 一時的に関わりが途絶えたが、2019年頃に再びシンポジウムで再会。その後コロナ禍を経て、今回の「理学療法推論学会」立ち上げに至った。
- 痛みに対する理学療法の考え方
- 江原先生はペインクリニックに所属し、腰痛や坐骨神経痛、慢性疼痛など、複雑な痛みに主に取り組んでいる。
- 痛みそのものを直接除去するのではなく、運動療法・動作評価などを通じて、痛みに影響を及ぼす機能を改善するアプローチを重視している。
- 堀先生は「理学療法は動きを専門にしており、痛みを薬や手術のように直接的には扱わない」という点で江原先生と共通理解を持つ。
- 理学療法水論学会の意義
- 「クリニカルリーズニング(臨床推論)」という概念を、理学療法の専門性に根ざして再整理したいという目的がある。
- 理学療法の基礎(基礎理学療法ではなく“理学療法の基礎”)を言語化し、熟達者が得た知見を後進に伝える場づくりを目指している。
- 新しい学会ゆえにコミュニティがまだ形成されておらず、誰でも参加しやすい「敷居の低い」学会運営を重要視している。
- 診断・評価のスタンス
- 医師が行う疾患診断(ICD)とは異なり、理学療法士はICFを活用した「診断的評価」を行う立場。
- 痛みの原因がヘルニアなどであっても、理学療法士はそれ自体を治すのではなく、機能面や動作面に着目してケアする。
- 痛みを誘発する評価(ペインジェネレーターの特定)も行うが、狭い視野にならないよう「動き全体のエラー」を修正する方針をとる。
- 余談としてのプロレス談義
- 両先生はプロレスやUWFをはじめとする格闘技ファンでもあり、昭和のプロレス精神「ストロングスタイル」や「諦めない姿勢」を理学療法にも通じるものとして捉えている。
- お互いが「出る前に負けること考えるヤツいるかよ!」という全力姿勢に共感し合っている。
- 今後の展望
- 「理学療法推論学会」は3月1日・2日に学術集会を予定しており、多くの人に参加してもらいたい。
- 痛みのメカニズム解明と運動・動作の専門家としての理学療法士の役割を再定義し、「言語化と継承」により専門性を広める活動を続けていく。
対話
堀
改めてよろしくお願いいたします。
江原
よろしくお願いします。
堀
はい。えっと、日本で江原先生とお話をさせていただくことになりましたが、江原先生は色々な活動をされているので、ご紹介不要かもしれません。ですが、学会として簡単にご挨拶いただけますか?
江原
はい。江原博之です。日本理学療法推論学会の世話人を務めています。学術集会に向けて活動しています。
私はペインクリニック――診療所ですね――に所属しています。もともとは病院に勤務し、そこが著名なペインクリニックも担う総合病院でした。急性期」の総合病院とクリニックを行ったり来たりして、主に痛みに関わる経験を積んできました。PT歴は20年くらいになります。よろしくお願いします。
堀
ありがとうございます。痛みというのが、僕たちの接点のきっかけになりましたね。あれは2000何年でしたか? 2008年か9年くらいの「痛みの理学療法研究会」でしょうか?
江原
そうですね。たぶん2009年頃だったと思います。「痛みの理学療法研究会」で、堀先生がナラティブか何かの話をされていましたよね。
堀
あれはオノマトペの話だったかな。名古屋大学で発表した時ですね。たしかオノマトペを使った痛みの表現という内容でした。
江原
はい、覚えています。名古屋大で初開催だったんですよね。けっこう人が集まっていて、行動の雰囲気や周りもよく覚えています。当時、「痛みの理学療法研究会」は、熊沢先生(愛知医科大学)が立ち上げられた痛み専門の研究会でした。
堀
そうです。熊沢先生はポリモーダル受容器の発見者として、痛みを研究している人なら名前を聞いたことがあると思います。愛知医科大学の熊沢先生と滋賀医科大学の横田先生が、日本が世界に誇る痛みの研究者だったんですよね。
熊沢先生が理学療法士向けに「痛みの理学療法研究会」を立ち上げられました。僕は立ち上げ時のパーティーにも参加していました。ある時、名古屋大学で発表する機会をいただき、「人が痛みをどのように表現するか」を「症例ベース」で話したところ、当時はけっこう評判が悪かったんです。
江原
たしかに当時は今より“厳しめ”の雰囲気がありました。僕も発表したときに、いろいろ突っ込まれた記憶があります。
堀
江原先生というよりは、当時の県の学会長だとか、県士会長レベルの方との主張がすれ違って、僕は場違い扱いをされたという印象が強くありましたね……。
江原
「痛みの理学療法研究会」は第1回か第2回の頃、名古屋駅近くの会議室でも開催していましたよね。僕がCRPSの症例を報告した記憶があります。
堀
うん、やってましたね。それで結局、「痛みの理学療法研究会」は4回ほどで、運動器痛学会に吸収されていったんですよね。
江原
そうです。当時、鈴木先生が理学療法士の代表で、「じゃあ運動器のほうに合併しよう」となり、熊沢先生が亡くなられたのをきっかけに、研究会が運動器痛学会に移行していったんです。堀先生はそこで退会されたんですよね。
堀
そう、僕は運動器痛学会の方には移行せず、そこで離れました。江原先生はそこから運動器痛学会のほうに参加されたんですよね?
江原
はい。最初の研究会からずっと運動器痛学会にも関わっていました。そこで一旦僕らは交わらなくなりましたけど、2019年、コロナ直前ですね。もう1人の世話人である原先生からお誘いいただいて、「関節病学会」のシンポジストに呼んでいただきました。
堀
そうでしたね。実はあのとき、初めてじっくり直接お話しできましたよね。シンポジウムの後、夜中まで焼き鳥を食べて、ラーメンを食べて、カフェにも行って……。
江原
はい。堀先生は先にお帰りになり、その後、原先生と僕らでまた食事したりして、いろいろ語りました。その後コロナになり、しばらくお会いできなかったんですよね。
堀
そうです。で、2023年12月頭にまた東京でお会いできて、今回の理学療法推論学会の話につながっているわけですね。そう考えると、お付き合い自体は15年くらいになるんですかね。
江原
はい。要所要所でお互いを意識しながらも、ちゃんと一緒に仕事したのは関節病学会が初めて。その延長で今回の理学療法推論学会を立ち上げるにあたって、共同で進めるのは本当に嬉しいことです。
堀
僕もそう思います。痛みというキーワードで、いろいろな流派や考え方がある中、江原先生との考え方はかなりフィット感があると感じています。
江原
分かります。痛みはどの領域のリハビリでも捉え方に違いがありますからね。日本理学療法哲学・倫理学研究会でもご一緒したことを思い出しました。
堀
あ、そうでしたね。日本理学療法哲学・倫理学研究会でも一緒にやりましたね。結局、お互い痛みを共通のテーマとして見ていますが、やはり「人間の動き」がベースにあって、そこから外れないように考えているんだと思います。
江原
そうですね。痛みというのは、本当に複数のメカニズムや要因が混在しますから。ではここから、理学療法推論の話に少しシフトしましょうか。まず、江原先生が考える痛みとは何か、ザックバランでいいので教えていただきたいです。
江原
はい。うちは主に腰痛、座骨神経痛など下肢の痛みを扱う症例が多いです。最近の概念でいう「痛覚過敏(痛覚過敏長期化)」といった原因不明の慢性疼痛も多く、「混合性疼痛(ミクストペイン)」とも呼ばれます。単純ではない痛みをたくさん見ていますね。
堀
そこに対応していく上で、特定の技術や治療手法、評価法など、「これはよく使う」というものはありますか?
江原
まずアプローチとしては「能動的に患者さんに動いてもらう運動療法」です。慢性だろうと、どのメカニズムの痛みでも、運動療法には何かしら効果が期待できます。
評価については「動き」を重要視しています。痛みのメカニズム分類は侵害受容性や神経障害性など色々ありますが、理学療法士として「動作評価」は外せません。患者さんに多様な動きをしてもらい、その変化を見ていますね。もちろんエビデンスが十分に確立されていない部分はありますが、やはり動きに注目しています。
堀
「動き」と言ったとき、動作分析やADLの評価をイメージする人も多いと思いますが、江原先生の場合はもう少し違うというか、「痛みの誘発テスト」に近いものなのでしょうか? それとも最大可動域を出させて痛みを見るとか? どのように評価を進めているのか、もう少し詳しく教えてください。
江原
痛みを誘発するテスト、いわゆるペインジェネレーター(痛みの震源)を探すためのテストも確かにやります。でもペインジェネレーターを見つけると、そこだけをどうにかしようと「視野が狭く」なりがちです。
僕はむしろ、患者さんの動きの中で「何かおかしいな」というエラーを資格化(ビジュアル化)して、それをどこまで修正できるかに重点を置いています。これはまだエビデンスがしっかりしているわけではないですが、能動的に動いてもらうことで見えてくるものがあると考えています。
堀
ペインジェネレーターという言葉が出ましたが、解剖学的なのか生理学的なのか病理学的なのか、いろいろな観点がありますよね。そこはどう捉えていますか?
江原
たとえば、腰椎の右腰部に痛みがある方が「振り向くときに痛い」と訴えていたとします。そのケースでは、ひょっとして伸展が入ると痛むのかな、とか、ケンプテストで痛みが再現されるなら「右の椎間関節あたりがペインジェネレーターかも」というふうに推測するんです。
ただ、そこに何らかの炎症があるのか、メカニカルストレスなのかは、理学所見だけでは判別しにくい。僕らのクリニックでは、その情報を医師に伝えて、必要があればエコーで見てもらい、組織学的な評価に繋げるという流れになります。
ただし、理学療法士自身が画像評価を断定的に行う範囲を超えないように気をつけています。そこは医師に任せるべきと考えています。
堀
なるほど。いわゆるICD(国際疾病分類)の病変や診断は医師が行い、理学療法士はICF(国際生活機能分類)的な機能診断――活動制限や参加制限の問題――を行う立場ですよね。
医師が使う「診断」という言葉は、手術や薬を使うための確定診断で、我々が言う「診断的評価」は機能予測やゴール設定に近い。それを「診断」と言わずに「診断的評価」と呼ぼう、という動きもあります。
江原先生は、実際の現場でその辺りをどう使い分けていますか?
江原
そうですね。たとえば、今日もお尻から大腿の外~下腿の前面にかけてチクチク痛む人がいましたが、画像所見と症状がぴったり一致していました。ヘルニア由来で坐骨神経を圧迫するような形。
こういう場合、理学療法でヘルニアそのものを引っ込めることはできません。だから、痛みを直接取るというよりは、根本的には医師の診断・治療(手術など)や薬物療法になりますよね。
でも理学療法の役割は、再発を防ぐために必要な運動や動きの工夫を指導したり、患者さんの活動度を落とさないためのサポートをしたりすること。そこにこそ価値があると考えています。
堀
まったく同感です。理学療法は昔から痛みにアプローチしているようで、実は痛み自体には(薬や手術のような)直接的アプローチはできない。それゆえに、機能や動きの再獲得を通して結果的に痛みの軽減を図る、ということになると思うんです。
江原
まさに。痛みそのものを取るというよりは、痛みと関わる機能不全をどうにかする、という感じですよね。
堀
はい。僕はいつも「治療の原則」に「除去・刺激・誘導・補助・情報」の5つがあると考えていて、「除去」は手術、「刺激」は薬や物理療法、「誘導」が運動療法、「補助」はサポーターやコルセット、「情報」はリスクマネジメント等と整理しています。
運動療法だけで全てがうまくいくということはなくて、適宜、物理療法や情報提供との組み合わせが必要だと思っています。
江原
分かります。リスクマネジメントも重要ですよね。特に急性腰痛の場合は「できるだけ動きを止めない」というのがエビデンス的にも言われています。ホットパックや鍼などの物理的刺激も、「うまく動けるようにする」ためであれば、組み合わせは有効と考えています。
堀
そうですね。僕もギックリ腰になったときには知り合いの鍼に行ったりしますが、「動けるようにする」ことが狙いです。
理学療法を考える上で、痛みだけでなく精神科領域などでも同じで、我々は脳そのものや炎症そのものを直接どうこうできるわけではない。あくまで「動きを介して」アプローチをするのが理学療法のスタンスだと僕は思っています。
江原
はい。そこが先生との共通認識の部分ですよね。医師が見るような診断や薬物療法の範囲とは違う、理学療法独自の土俵で痛みを扱うということですね。
堀
ええ。だから「痛みが専門」というよりは、「痛みのある人の動きを専門にしている」と言ったほうが正確かもしれません。
では少し学会の話に戻りましょう。今回の理学療法推論学会の大きな目的の一つは、「理学療法の基礎を再考する」です。江原先生のように現場で毎日患者さんと向き合う方から、熟達者の思考プロセス――いわゆる熟達値――を言語化してもらうのが、僕の役割かなと思っています。
江原
確かに、経験を積んでいくと、とりあえず自分で仕事は回せるようになる。だけど、自分がどう考えてどうアプローチしているかを改めて言語化する機会は少ないので、学会での発表や議論を通じて整理したいという思いは強いです。
堀
そうですよね。いわゆるエキスパートモデルに基づいた研究も日本ではまだあまり多くないですし、こういう機会を通じて共同で言語化していく意義は大きいと思います。
学会運営について
堀
話は変わりますが、今回の学術集会の運営について、江原先生が期待していることや要望などはありますか?
江原
「敷居を低くしたい」というのは常に考えています。でも、その「低くする」ということと、ある程度エキスパートを目指す場にする、というバランスが難しいですよね。
いろんな人に来てもらいたいし、変な先入観を持たれたくない。なので、みんなで議論する場もありつつ、楽しめるお祭り感もあるような学会にしたいです。
堀
おっしゃるとおりです。新しい学会はコミュニティがまだないから、どうしても参加を促すのが難しい。そこで、スペース(オンライン音声配信)などで気軽に話を聞いてもらう機会を増やし、敷居を下げられればと思います。
江原
はい。特に「臨床推論」というと、医師の用語でもあり、抽象的な概念になりやすいです。それをあえて「理学療法推論」と言い直している点で、理学療法の立場から議論したいというのが分かりやすいように思います。
堀
そうなんです。もともとクリニカルリーズニング(臨床推論)は医師が主に使ってきた概念ですが、我々はあくまで「理学療法」という専門性の中で推論を行う。その意味で「理学療法推論」という言葉を作りました。
江原
学生や若手は「痛みを見ているのか、動きを見ているのか?」とか混乱しやすいですよね。だからこそ、学会で定義を名文化するとか、共通認識を整理するのが意義深いと思います。
堀
そうですね。理学療法はとても幅広いので、その中でどう推論を回していくかをまとめる場が必要だと思っています。
江原
分かりました。僕もクリニックという立場で、急性期の病院とはまた違う症例が多いので、その辺りを共有できればいいなと思います。
堀
ええ。理学療法推論は、理学療法「基礎」をもう一度整理し、理学療法の専門性をしっかり言語化しようという学会です。3月1日と2日の学術集会、ぜひ多くの方に参加してほしいですね。
プロレス談義
江原
ちょっと話が変わりますが、昨日は新日本プロレスの東京ドーム大会がありまして。トップ選手の一人で「海野翔太」という若手がいるんですよ。お父さんはレフェリーの有名な方です。
海野は今かなりブーイングを浴びているんですけど、僕は絶対にブレイクすると思っていて。内藤哲也もメキシコに行くまでブーイングされまくっていましたが、その後大ブレイクした。だから海野も同じ道を辿ると思います。
堀
僕は昔、馬場・猪木時代は見ていましたが、長州力や橋本真也の頃になると、UWFに行ってしまいましたね(笑)。
江原
僕もUWF好きでしたよ。前田日明は中学時代のヒーローでした。堀先生は大山倍達にも興味をお持ちなんですね。
堀
そうです。アントニオ猪木がブラジル移民出身だったり、大山倍達は在日出身だったり、いろいろな歴史や背景があって、格闘技は面白いです。そういうインクルーシブなところが魅力ですよね。
江原
僕は「ストロングスタイル」というのが好きで、理学療法の考え方にも通じるところがあると思っています(笑)。
堀
確かに。プロレス的に言うなら「出る前に負けること考えるヤツいるかよ!」って感じで、常に全力で取り組むのが共通項かもしれません。
江原
(笑) そうかもしれませんね。諦めずに、どう次に繋げるかを考えていく。それを若い世代に伝えていくのも、学会の役割だと思います。
まとめ
堀
はい。もう1時間近くお話しました。最後に、理学療法推論学会を通じてお伝えしたいのは、熟達値を言語化して若い世代に伝えること、そして「動きを専門とする」という理学療法ならではの視点で痛みや人間の生活にアプローチすることの重要性ですね。
江原
そのとおりです。大変な症例は多いですが、プロレス精神で負けずに取り組んでいきたいと思います。
堀
では今日はこれで終わりにしましょう。長い時間ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
江原
こちらこそありがとうございました。皆さん、学会にもぜひご参加ください。よろしくお願いします。
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