世話人との対話 その3
臨床と哲学、科学と人文の両面から理学療法を発展させることが大きなゴールであり、学会全体で「言葉にしにくい部分」を共有し、蓄積していくことを目指している。
1,背景
堀と村部は、理学療法と哲学(特に臨床思考・水論)をつなぐ新しい学会の設立に関わっている。
2人は、臨床現場での「患者の経験の変化」をいかに捉え、共有していくかを重要視している。
2,哲学と理学療法の接点
村部の研究テーマは「オートポイエーシス(システム論)」で、リハビリテーションへ応用を試みた。
理学療法が一見「暴力的」に見える場面を経験し、「より人に優しく、かつ効果の高い手法」を求めた結果、哲学研究に至った。
3,“良いリハビリ”の定義
患者の「能動性」や「主体性」を引き出し、患者自身が「身体や行為の変化」を実感できることが大事。
数値評価だけでなく、患者の主観的な「違和感の減少」や「動きの質の変化」を捉える必要性がある。
4,学会への期待と目的
村部は学会のCPO(最高哲学責任者)を担当し、学会誌づくりや奨励報告の充実に取り組む。
理学療法分野では奨励報告が少なく、「名人芸」が言語化されないまま消えてしまう課題がある。
そうした臨床思考・水論を共有し、後進に伝えていく環境を整えたい。
単に先導するのでなく、現場で臨床に奮闘するセラピスト同士を「底上げ」し、ケアし合う学会を目指す。
5,まとめ
新学会は、理学療法で成果を上げているセラピストの「思考過程」や「患者の主観的変化」を表に出す場となる。
堀「あ、すみません。今回のスペースの仕組み、僕もあまり分かっていなくて。初めて使うんです。録音はこのまま継続されていますし、もしどなたかが聞きに来てくださったらリスナー数も表示されると思います。」
村部「なるほど。そういう仕組みなんですね。分かりました。公開収録といっても、むしろ録音するのが目的だと思えばいいわけですね。」
堀「そうそう。なので、公開といっても実際は“録音するため”というところがメインかもしれません。では、何を話すかなんですが、特に厳密には決めていません。僕らの共通点とか、村部さんが学会に期待していることや、どうしていきたいのか…そういう話を大体40分くらいやりたいと思っています。」
村部「了解しました。大体そんなところですね。」
堀「それではまず自己紹介をお願いできますか? 今、ちゃんと繋がってますよ。」
村部「あ、はい。簡単に自己紹介すると、村部といいます。今回、堀さんとのご縁で、この新しい学会の世話人を務めさせてもらっています。学歴としては文学部の哲学専攻で博士号を取得していて…。PT(理学療法士)で哲学の博士を持っている人って日本にそんなに多くないんですよね。」
堀「ですね。僕が出た臨床哲学の領域ではPTが3人博士を取っているんですけど、今臨床で活動されている人はほとんどいないというか、ごく少ないんですよね。」
村部「そうなんですよ。私も知っているかぎり、先輩で1人、某大学で教授をなさってます。だから多くても全国で5人ぐらいですかね。」
堀「そんなところでしょうね。実際少ないですよね。僕が村部さんに初めてお会いしたのは、多分6〜7年前くらいかな。あの頃、僕が某大学にいた時期で、当時から僕は“臨床水論の重要性”をけっこう熱く語っていたんですよね。」
村部「懐かしいですね。たしかに、堀さんその頃から“臨床での思考過程を明確にすること”が大事だと主張されていましたよね。その後コロナやら何やらで、なかなかお互い忙しくて。今回、こうして学会という形で動けるのは非常に喜ばしいと思います。」
哲学と理学療法の接点
堀「今回の学会では、哲学的な内容を必要以上に前面に出すつもりはないですが、やはり接点としては話しておきたいです。村部さんが研究されてきた哲学の領域について、簡単に説明いただけますか?」
村部「僕が研究してきたのは“オートポイエーシス(オートポウシス)”というシステム論です。もともとは1970年代に生物学者のフランシスコ・バレラとマトゥラーナが提唱した概念で、それを東洋大学の川本秀夫先生が、人の行為に即した形で再構築したんですね。その理論をリハビリテーションに応用する研究をやっていました。哲学研究者というより、“特定の治療法を定式化しよう”というような感じですね。哲学の領域でいえば、論理学・倫理学・形而上学・認識論・美学とある中の“認識論”に近いところを主に扱っていました。」
堀「なるほど。いわゆる“認知神経リハビリテーション”と通じるところが大きいんですかね。」
村部「ベースとしてはそこに近いと言えますね。もともと倫理学などにも興味があったんですが、直接的なきっかけは実習生時代に感じた“理学療法がすごく暴力的に見えた”という衝撃でした。患者さんが痛がっているのに無理矢理ストレッチしたり、ただ歩かせるだけだったり。しかも、それでそこまで良くなるわけでもないっていう…。もっと人に優しく、かつ効果が高い方法があるはずだと思って、その探求を続けたら哲学研究に行き着いたという感じです。」
良いリハビリテーションとは何か
堀「確かに、理学療法って一見すると“とにかく歩かせる”みたいに見える部分もありますよね。そこに対して疑問をもてる人って実は少ないんじゃないかと思います。そこで“より良いリハビリテーション”をどう考えるか、なんですが、村部さんはどうお考えですか?」
村部「単純に“痛くしない”“愛護的”という話ではなくて、患者さんの“能動性”や“主体性”をどう引き出すかが鍵なんじゃないかと。ただし、患者さん単独では難しいので、こちらからのガイドや問いかけが必要になるわけです。結局、患者さん自身が“これができるようになった”“こう変わった”と実感できることが大切だと思います。僕の言い方だと“患者さんの経験の変化”をどれだけ起こせるか、というところですね。」
堀「“経験の変化”っていう言葉、僕も好きなんですよ。例えば、それを若手に伝えるとき、“患者経験が変わることが大事だよ”って言っても、なかなかピンとこないですよね。どう表現したらいいんでしょう?」
村部「そうですね。“患者さんが行為するときの抵抗感が減る”とか“頑張らないとできなかった動作が自然にできるようになった”とか、そういったことです。うまく言語化しづらい面もあるので、僕は“強度”と呼んでいるんですけど…メルロ=ポンティのゲシュタルトや、西田幾多郎の行為直感のように、“なんとなく身体がこう変化していく”というあの感じですね。」
堀「それはバイオメカニクスの数値に表れづらい部分ですけど、確かにとても重要ですよね。評価としてはどう捉えたらいいと思います?」
村部「身体的な物理的変化と主観的変化、両方を捉えたいですよね。それが相関していれば理想的ですが…。理学療法では昔から動作分析や関節角度・筋力評価などをやりますけど、そこに主観的な実感がどう変わったかを重ね合わせて総合的に見られないと、本質を捉えきれないと思います。」
学会への期待:CPO(最高哲学責任者)の役割
堀「さて、本題の学会の話に移りたいんですが、村部さんには“CPO(最高哲学責任者)”をお願いしています。それと、学会誌づくりの中核ですね。いきなり“CPO”って言われてもピンと来ないかもしれませんが、どう感じてますか?」
村部「いやもう、正直“何をすればいいんだ…”って最初は思いました(笑)。でも、いろいろな学会がある中で、僕たちがやる以上は“理学療法における臨床思考・水論”をしっかり掘り下げたいですよね。他の学会と同じことをやる必要はないし。そう考えると、僕らが本当にやるべきは、省察的でありつつ、ちゃんと“奨励報告”を出すこと。そのうえで、水論モデルがどう洗練されていくかを見届けることかなと思っています。」
堀「奨励報告、大事ですよね。でも日本だと本当に数が少ない。海外のPT教育だと奨励報告をかなり重視するイメージがあるのに…。実践の共有という意味でも、やっぱり奨励報告は必須なのに、なぜかあまり表に出てこない。」
村部「そうなんですよ。僕も長く臨床やってて、すごい腕のいい先生、いわゆる“名人芸”を持った人って何人も知ってるんですけど、そういう方が自分の臨床過程をうまく言語化できないまま引退したりする。ものすごくもったいないですよね。データ化されなくても、“どう考えて治療したらこう良くなった”っていう水論を残すフォーマットさえあれば学びになるはずなんですけど。」
堀「“名人芸”ですよね。医者でいうと“手術が上手い先生”って誰もが知ってたりしますが、PTの世界だとあんまり表に出ない。そういう“表現しづらい臨床”を共有できる場に、この学会がなれればいいと思います。」
村部「僕もそう思います。学会の世話人には“まず自分が奨励報告を出せ”と堀さんから言われて、正直ちょっと焦りました(笑)。でも確かに、僕ら自身がやってみせないと、誰もついてこないだろうなあと感じてます。後輩たちが“そういう先輩の臨床思考を学んでみたい”と思ってくれるようになるには、まず見せる必要がありますよね。」
おわりに
堀「というわけで、今回の学会についての話は大体こんな感じですね。話し始めると3〜4時間になっちゃいそうなので、そろそろ締めましょうか。」
村部「はい、ぜひまたシンポジウムや勉強会でも今回のような話題を取り上げたいですね。臨床思考を“やり手のPT”が語れる場、そしてその思考過程を共有して皆で底上げできるような場を作れたら最高だと思います。」
堀「本当にそう。我々は先頭を走るというより“底上げを手助けする”という感じで、みんなが見落としてきた部分を拾っていきたいんですよね。学術的な知識はもちろん大事ですし、論理学や認識論的なアプローチも重要。だけど結局、患者さんの主観的変化や、セラピスト自身の経験の変化こそが臨床の要点だったりするので。」
村部「そうですね。指導とか先導というよりも“ケア”や“フォロー”する感覚。僕もそこは賛成です。自分たち自身も臨床で結果を出す必要がありますし、それを言語化・共有化できるようにならないといけないな、と思います。」
堀「では、今日のところはこの辺りで。収録しておいた音声は、後で文字起こしして公開しますので、またそちらもご確認ください。」
村部「わかりました。クリスマスのゴールデンタイムにお疲れさまでした(笑)。」
堀「はい、メリークリスマス! 今後ともよろしくお願いします。」
村部「ありがとうございました。失礼します。」
投稿者プロフィール
最新の投稿
対話集2025年1月22日世話人との対話 その5
対話集2025年1月8日世話人との対話 その4
対話集2024年12月25日世話人との対話 その3
対話集2024年12月13日世話人との対話 その2